死因不明とAi



 父が亡くなって、もうすぐ一ヶ月を迎えます。もしこのBlogをお読みの方が、私と同じような状況にならないように、あえて述べたい。

 さて、Aiと言う言葉をご存じだろうか。「チームバチスタの…」の著者海堂尊は、死因不明の解決策として、検死解剖の代わりにあるいはそれに先立ってAi(Autopsy imaging、死亡時画像病理診断)を提唱している。彼の言わんとしていることは、一般論として極めて合理的で推進すべき事業だ。

  しかしだ、Aiや検死解剖が全て死因を解決するわけではない。


 数年前、親友が不審な状態で変死体として発見された。事故または他殺の事件性があったため、千葉大で検死解剖されたが、結局彼が死に至った詳細は不明のままだった。彼の家族の悲しみ嘆きはいかばかりだったろうか。解剖されたからと言って、数時間前まで元気で飲み歩いていた彼が、変わり果てた姿になってしまった理由や過程は全く解明されて無いばかりか、単純な死亡状態しか説明できないのだった。


 父の場合は、救急車が到着した時点で自宅で心肺停止だったため、運び込まれた病院から警察に通報された。病院にいた私も義弟も取り調べられたが、自宅には更に多くの刑事が詰めかけ、当日関わった全ての人の取り調べと家捜しが行われたと聞く。父に至っては、Aiはおろか血液採取までされ、死因を究明された。

 警察に通報された最大の理由は、「今まで心臓疾患がなかったから」だと言う。つまり言外に、心疾患などの既往があれば死亡診断書を書けて事件にはしなかった、と言うことなんだろう。だが、今まで何度も脳梗塞を起こした既往があるのだから、どこの組織に梗塞が起きてももはや何ら不思議ではないと素人は思うのだが???


 はっきりした死因は判明しなかった。悲しい事ながら推測だった。それも私のような素人ができるような…。
 Aiだって、考えてみれば素人でも判る。画像で判るような器質的変化が起きていなければ、判らないのは自明の理だ。例えば梗塞なら、陳旧性の変化なら壊死部分が画像で判明できるが、新鮮な梗塞なら基本判らないだろう。もし正確に診断するのなら、時間をおいて変化を比較する必要があると思うのだ。

 一方で病院の放射線医・技師は、死体が診断装置に乗ることを拒絶することが多いのだそうだ。私にはその意味や考えが判らない。あなたが入院したとして、その時に泊まる部屋・ベッドは、以前そこに居た人が死んだりしていないのだろうか?


 もう一つ言うのなら、そのAiの画像から果たしてどんな精密な診断ができたのだろうか? 一般の患者においての防護など歯科医から見れば、医科領域ではほとんど考えられていないとしか考言わざるを得ない。胸部レントゲン撮影で、鉛エプロンを腰に巻いた経験は全くない。変だよね。だが、死体は別だろう。CTだろうかMRIだろうが、生体ではあり得ないほどの線量や時間をかけるのも可能なはずだろうに…。


 救急医療での努力は大いに認めるが、その診断においてはまだ経験や想像、感覚に頼っているのがまだまだ実情なんだと、実感した。
散々こき下ろしているが、現場の医師やスタッフの皆さんの努力・お気遣いには本当に頭が下がる。あらためて敬意を表し、御礼を申し上げたい。


 だが肉親を金のために容易に殺してしまうような今の社会、何でも疑って見る・見られるのも仕方ないのかも知れない。だがこんな世の中、刑事も医者も公務員もみんな、真実がまだ見ることのできない危うい現実に翻弄されているだけなのだろう。

実は死因不明社会からの離脱は、まだまだ遠い世界のことなのかも知れない。

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