2005年4月アーカイブ

 やっとピニンファリーナ。もはやフェラーリ御用達のデザイナーとして、ベルトーネ系の角張ったデザインに対し流れるようで優雅なデザインが特徴である。だが私にとって、ピニンファリーナはこの「モデューロ」のことだ。1970年という何故か私のトラウマになっている年に発表された。PF 512Sというナンバーから、このモデルはフェラーリ5ℓV12気筒エンジンを搭載したレーシングカー521 Sをベースにしている。今見るとちょっと昔風のSFチックさで、ふと笑いがこぼれる。

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 1960年代後半から1970年代前半のフェラーリは、V8ミッドシップのDinoやV12ながらフロントエンジンのDaytonaから前々回に紹介したほとんど唯一かも知れないベルトーネデザインの308GT/4 2+2を経て、エンジンを座席の後ろに積むミッドシップレイアウトをとる有名なBB(ベルリネッタ・ボクサー)のスーパーカー群への移行してい行く時代なのだ。
 「もぐらのつぶやき」4/3で登場した画像のあのクルマは、「バードケージ75」と呼ばれ、実は「モデューロ」の復刻版としてデザインされた。なるほど何となく感じが似ているし、私がモデューロを思い出すのも当然なのかも知れない。

 最近のフェラーリはF1をイメージしてデザインされているらしく、残念ながら個人的には首をかしげるしかないが、さすがに後ろ側面からの造形は相変わらず見事である。まあ、どうあがいても買えないし、F40が投機の対象になったのを機会にフェラーリへの興味が失せたのも、もしかしたら今に至るデザインが好みでないのかも知れない。ちなみに白状すると、個人的に一番気に入っているモデルは288GTOなのだが。

 昨晩、ヤクルトの古田選手がプロ野球選手32人目となる2,000本ヒットを記録した。プロ16年目での快挙であると同時に、大卒社会人野球経験者としては初、キャッチャーとしては野村克也につぐ二人目である。

 ゴルフ界では特に女子ゴルフには、宮里・横峰と若い力が世界を視野に入れつつ活躍しているが、どうも今イチプロ野球界は暗い。同様にプロサッカーJリーグも、今イチ沈滞傾向のようだ。

 私は隠れ?ヤクルトファンなのだが、古田氏は昨年の選手会での激務でつぶれてはしないか非常に心配した。だが彼はそれを頑張り乗り切ったばかりか、他のチームのファンまでも味方にしてしまったほどだ。古田氏が一人で頑張っただけでこれがなされたのではなく、高橋(ジャイアンツ)選手会副会長を始め多くの選手の力があったことも事実だ。

http://jpbpa.net/index.htm

 今日初めて選手会のHPを見たが、一つだけ納得できなことがあった。選手会役員名簿に各球団の項目に「読売ジャイアンツ選手会」とあるのに、副会長の小久保氏と高橋氏のところに「巨人」とあることだ。決してドラフト会議ではそう呼ばれはしない。「読売」だろーが!<超激怒。

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 ピニンファリーナに行きたいのだが、ベルトーネでまだ忘れてはならない人物が二人いる。ジウジアーロとガンディーニだ。ジョルジュエット・ジウジアーロは日本でも大変有名なデザイナーである。ベルトーネを退きギアを経てイタルデザインを設立するが、その間傑作が数多く生まれ出る。フィアット・パンダ、VWゴルフ&シロッコ、ランチア・デルタ、ロータス・エスプリ等々、日本車でもいすず・117クーペ&ピアッツア、スバル・アルシオーネSVX、トヨタ・アリストなど。カメラでもニコンF3以降のフラッグシップ一眼レフを手がける。デザインのポイントが赤いラインや赤いポイントなのも(模倣もあるだろうが)判りやすい点であろう。個人的には1992年にBMW12気筒エンジンを乗せたColumbus=コロンブス=Colum-BUSが印象的であった。

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一方、マルチェロ・ガンディーニと言えば、何が無くともランボルギーニ・カウンタック(クーンタシュ)だろう。そして前回私の憧れで紹介したランチア・ストラトス! 多くのランボルギーニのスーパーカーたちをデザインしたことで知られるガンディーニだが、他にもシトロエンBXやをデザインしたがたった一台異彩を放つフェラーリDINO308gt4をデザインしたことでも知られる。

 ついにと言うかやむを得なくと言うか、リークの通りNikon D70sとD50が発表になった。新製品D50は文字通り独走態勢?のEOS KissDN対抗機種と思われ、文字通り銀鉛で繰り広げられたEOS KissとNikon Uの再現だ。だが、銀鉛ではEOSの圧勝だったようだが、果たしてデジタルではどうか(別に興味は無いのだが・・・<苦笑)?野次馬的に見れば、果たして800万画素になったKissDNに600万画素のD50がどこまで健闘できるかで、唯一興味ある点はD50が*istDs同様エントリー機と言うことで記録メディアにSDメモリーカードを採用したところで、これが市場にどう受け取られるか。
 一方D70sの改良は、確かにカメラとしての熟成度を上げた事として、ある意味納得が出来る。単なる(無印?旧?)D70へもアップデートが予定されていることなど、少し驚く点もあるのだが、しかしだ、企業としての体力が乏しいなら、D70に「てこ入れ」するよりもむしろ上級機のD100のアップデートや改良に全力を上げるべきではなかったのか。そんなにD70問題だったのか?

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画像は銀鉛の最廉価機というかエントリー機である「Nikon Us」

 そんな今、D100の後継機種について(もはやどうでも良いことだろうが)少し勝手な推測をしてみたい。基本的に解像度は、既に対抗機種である800万画素のEOS 20D(いろいろ批判はあるようだが)に対して、同じ程度かそれを上回る性能を要求されるであろう。数ヶ月前に改良版として発表されたD2Hsは主にスポーツ系や報道分野に特化した機種であるが、残念なことに旧D2HのLBCASTのノイズにまつわる悪い噂とライバルのEOS 1DmkIIが倍の800万画素で同等以上の連写性能を達成させてしまったため、残念ながら今イチ評価が高くない。そのリベンジもNikonとしては考えているではないか? だが、自社で映像素子の開発に半ば失敗したため、どうしてもキヤノンほどの自由さはない。そのために新たに800万画素級のCCDをSONYが作っているのかは判らないが、それ以外の選択肢はD2Xで採用された1,240万画素の流用が噂される。面白いことにこのD2XのSONY製1,240万画素CMOSセンサーは評価が高く、逆にEOS 20Dの自社製800万画素CMOSセンサーは(同じ画素数ながら若干大きい1DmkIIのCMOSセンサーは評価が高い)何故か評価が低い。噂されるD100後継のカメラが、一発逆転(と言ってもデジタルの世界ではわずかな期間であろうが)を狙ったD200になるのか?あるいは熟成を計ったMk IIになるのかはもうしばらく待つ必要があるだろう。
 だが、純粋に口腔内撮影用と捉えた場合、もはやD200は必要ではなく、軽く小型で性能的には十分なD70sかD50が選択肢であることは、かなり皮肉な事実でもある。しかし更に言うならば、カメラとしての魅力を加味するのあればこれらの最新機種でも役不足だと言うことも残念ながら事実なのだ。

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 少し寄り道をするが、ベルトーネで忘れられないのがフィアットX1/9とランチア・ストラトスいうクルマだ。

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どちらもよく似ていて、小粋で洒落た低くちょと長めのノーズとやや高めのハイデッキ(ミッドシップなんだから当たり前か?)のプロポーションが美しかった。特にプロトタイプはまさに未来的というか、X1/9の方のそれは水陸両用のようなスタイリングだったし、ストラトスのそれはもはや実用性などみじんも見せない究極の直線美だった。

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似たようなコンセプトの初代トヨタMR-2のスーパーチャージャー仕様は妹が所有していたため、散々乗り回させてもらい堪能したので、非力なX1/9は今更欲しいとも思わないが(爆)、是非生きている内にレプリカ(しか望めないだろうから)のストラトスに乗りたいと密かに思い続けている。

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Adobeの一人勝ち?

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 驚くべき、って言うほどでもないかも知れないが、ニュースだ。アドビがマクロメディアを買収してしまった! つまりマルチメディア界の二大巨頭が買収により、一大ソフト会社となるのだ(ろう・・・自信なさげ<とほほ)。

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Macromediaの最も有名なソフトはFlash (Player)だろうし、Shockwave (Player)でもあろう。実は競合するソフトもあり、Adobe GoLiveに対してMacromedia Dreamwaverだったり。このメーカーのソフトはWeb用に特化され、特にAdobeのインターフェイスが嫌いな人たちに評価が高いと聞く。既にwww.macromedia.comのトップでは " Macromedia and Adbe to Join Forces "とある。

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 どんな実状があったのかは知らないが、Aldus Persuation の開発を断念させ MS PowerPoint が世界標準となりつつあるプレゼンの世界だが、一部でその弊害が問題視されているように、ユーザーが「見かけ」だけでない恩恵を受けられるよう願いたいものだ。

 ついでに調べているうちに面白いことが判った。このPersuationを作っていたAldusという会社はAdobeに売却されたのだが、有名なDTPソフトPageMakerは現在もなおAdobeで主力商品となっている。一方Macromediaから販売されているFreeHandも、実はAldusの開発であり、そう言う意味では今回の買収劇でPageMakerとFreeHandは10年目にして再び一つの会社の元に落ち着いたと言える。

 勉強になったのは、TIFFとはPageMakerをWindowsに移植する際にAldusとMicroSoftが開発した画像ファイル形式なのだそうだ。

Star Wars

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 とうとう、この壮大なSF物語も終結を迎える。

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 思い返せば、1978年(製作1977年)公開されたこの革新的なSF映画は、それまでのその概念を根底から覆すのに十二分なほどマニアックで衝撃的だった。正直、それまでのSF映画やTV番組が満足できる内容だったかと言えばNoだったが・・・  それまでにこの映画の、SFファンが夢見た映像がそれまでとは比べモノにならないくらい、的を得ていてマニアックでかつ感動的だったと言えよう。

 実は妙なところからこの映画の情報を入手した、いや聴くこととなった。FM放送(当時民放FM局は関東では旧FM東京しかなかった)のある番組で、ある噂の話が出て、そのカバーバージョンというか今で言うトリビュート版のMECOのシンセサイザー(な、懐かしい・・・)をフルに駆使したアルバムを入手したところから、この映画の存在を知ることとなった。

 続く第2作となった1980年「帝国の逆襲」は日本での公開前に、1977年にテレビ版を編集した映画バージョンで一気に火がついた「宇宙戦艦ヤマト」の映画版続編「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」の参考にもなった。さらに敵の親玉が主人公の父であったというのは、どこの世界でもネタらしく、ヤマトの作者の一人である松本零士の「銀河鉄道999」の続編でも同じ設定があり、いろいろ論議されたこともあった。

 実は私は大学卒業記念のアルバム委員でもあった。全体を四つの班に分け、それぞれにアルバム委員が二人づつ選任されたのだが、私の勝手で私の属したB班の表紙には、「帝国の逆襲」のいろいろなシーンをちりばめてある。同級生のB班のみんな、私の勝手な趣味で済みませ〜んっ!って今更言っても遅いか・・・m(__)m

 噂ではStarWarsは全9話で最初に公開された話がエピソード4「新たなる希望」、エピソード5「帝国の逆襲」エピソード6「ジェダイの復活」で取りあえず一段落した物語は、適役のダースベイダーの闇に陥るまでの前3作に、レイアの子供の時代を描いた後3作になると言われていたのだが、映画の製作に結局時間が掛かりすぎ原作者のジョージ・ルーカスの生きている内に完結させるため、全6話となったと聞く。4〜6話に登場する主人公ルーク・スカイウォーカーの名前の由来は、ルーカス自身からなのは有名な話。

 さて、最終話になるこのエピソード3「シスの復讐」だが、詳細はネタバレになるので避けるが、もうこれは悲劇の話である。ほんの些細な誤解から大きな疑惑となり子供を産んだ後死ぬパドメも気の毒だし、死にきれずダースベイダーとして復活するアナキンも悲劇だ。だからこそ、最終話のエンディングがより納得できる。映画はアメリカでは今年5/19、日本では7/9だ!

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スーパーカー。
決してゲイリー・アンダーソンのスーパーマリオネットSFTV作品でも(古すぎ)、先日解散したポップグループでもない。「サーキットの狼」でブレイクした、イタリアン・エキゾティックを筆頭とする高価なスポーツカーのことだ。だが、私のとってのスーパーカーはF40でもなければ、カウンタック(クーンタッシュ)でもない。だが、当たらずとも、遠からずで・・・ 

ピニンファリーナにベルトーネ。
 1970年代に私が知ったcarrozzeriaだ。「カロッツェリア」と言っても、Pionnerのカーナビのことではない(欲しいぞ)。プロトタイプの自動車を作り上げるイタリアのデザイン工房のことだ。未来を予感させるその夢あふれるデザインは、少年だった私を夢中にさせるにはそれだけで十分だった。そして・・・
 
 物心ついて最初に私が文字通り心奪われたクルマは、Chevrolet Corvette Stingrayなのだが、またその話は別の機会に(またかよ>苦笑)。

 話がそれてしまったが、私が最初に知ったのはBERTONEの方。Lamborghini・Malzal・・・実車は見たことがない、見たのはプラモデル<汗。だが、それまでに見て心奪われた数少ないクルマの中でもピカ一だった。
 ガルウィングをもつフル4座のスポーツカー。しかもそのガルウィングは、今日の衝突安全性など全く考慮していないほどプライバシーなどそっちのけの開放的だ。低く長く延びたフロントには、3連の角形ヘッドライト(恐らくその1対はフォグかもしれない)。どれも今までの日本車のイメージをはるかに飛び越えた、マンガやイラストでしか見たことのない造形だった。しかも、「ランボルギーニ」!に、「マルッツアル」?一度では憶えられそうもないその名前も印象的だった。
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切手の「き」

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 ハロー、CQ、CQ、CQ。

 約35年目で、ようやく一つの念願を果たしたのです。アマチュア無線の免許取得。そして無線局の免許状(つまりコールサインの取得)を。

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 中学1年の時、部活の3年生の先輩が二人(つまり無線友だちだったんです)アマチュア無線免許を持っていて、無線機を学校に持ち込み小さな局(移動の半固定局)を設置しました。当時は見るもの全てが珍しく受信操作を教えて貰い、朝早く登校して、受信機から流れる様々な通信を聴き(何故か「ワッチ」って言うのだが)、遠く離れた見も知らぬ人たちの会話を、勝手な夢に乗せて楽しみました。片方の先輩の弟が同級生(かなり秀才で成績抜群だった)で、中学進学時に免許を取得し結構羨ましくも思いました。そしてその先輩たちの勧めもあって、アマチュア無線(当時)電話級の受験を目指し勉強を始めましたが、いざ受験となった時点で一緒に受験する友人が誰もいなくなってしまって、結局免許取得は夢となってしまいました(とさ、おしまい・・・をいをい!)。

 先日千葉県歯科医師会で災害時の対策の一環として、アマチュア無線免許取得の講習会が開催され、おかげで35年前の想いが実現できたのでした(やた!)。阪神淡路大震災の時に大活躍したアマチュア無線ですが、残念ながら中越地震ではほとんど役には立たなかったそうで、神戸の時に問題になった携帯電話の中継局の問題は、新潟では無事で山間部ではかえってアマチュア無線の電波が届かなかった(頂上付近なら良い)そうです。従って、今回取得した無線免許も、災害時にどの位役に立つか判りませんし、第一「アマチュア無線は、災害時でも他人の依頼による通信を禁止」しているので、緊急通信には基本的に不適切なのですね。

 さて、アマチュア無線が始まった当初に配布されたコールサイン(無線局の呼出符号)はJA****でした。当時の私の先輩たちはJH1***、同級生のS君はJR1***。既に配布できる文字が無くなり、JA1の再配布が始まったと聞きましたが、残念ながら既にそれも終わってしまったようです。私のコールサインはJE1***でしたから。

 ショップで無線機を選んでいるとき、店の人とこの30年余りの業界の変化を聞きました。当時はTRIOとYAESUが国産機の双璧で、あこがれた名機がありましたっけ。TRIOは当時の輸出銘柄であったKENWOODに代わり、YAESUも日本マランツ=Standardが買収合併したそうです。iCOMなどの新たなメーカーも現在の主流だそうですが、折角なのでここは拘って昔なじみの銘柄YAESUを指名しちゃいました。残念ながらKENWOODには安価な機械が無かったのですね。取りあえずアンテナも立てる予定はないので、ハンディ型トランシーバーなんですけど、ちょっと満足。でもまだ通信したことがないんです・・・汗。

非常識

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 私のようなものでも、こういう(?)特殊な世界に属していると、世間の常識を逸脱しているいろいろな事に気づくことがあります。
 昨晩は、第1回の介護保険審査会に出席。もう3期(もしかしたら4期目かも?)めですから、年度初頭では区長の挨拶があったりと、いつもの事務局とのやり取りとはちょっと違った雰囲気。学生時代はサラリーマンよろしくネクタイとジャケットを普段の姿にしていた私は、開業と同時にその反動かネクタイ大っきらいになっちゃいました<黒田先生ごめんなさ〜い。約15年ぐらい市会の委員だった頃も、講習会当日以外はノーネクタイで過ごしてきたのですが、県の委員になって様々な制約がのしかかり、ラフな格好ではまずくなったため、仕方なく対策としてクルマの中にはネクタイ数本が常駐しております<汗ッ。幸か不幸か、親父がもうヨイヨイなので、母が不要になったネクタイを払い下げしてくれて、1ヶ月ぐらいは毎日交換できまっす。
 さて、この席で面食らったのが新任の審査委員となった某医師。のっけから「研修会ではこーだった」だの、「こーしろと言われた」「条件がこうなっているが根拠はどこに表示されているのか」と事務局は妙?な対応に追われる始末。挙げ句の果て、柔道整体師が委員になっていることに腹立て(彼は整形外科医)、審査委員をやめるだのと騒ぎ始めた。
 私が言いたいのは、彼が審査委員を引き受けた相手は、実は区役所ではなく医師会なのだということ。そして公の立場では、医師会の推薦を受けた医師会の代表であると言うことを彼はあまりにも自覚していないという点だ。これは自分の身の回りにも良くあることで、乳幼児の歯科検診で責任者に準備の不備を責めたり、郡市の担当理事になって会員の不勉強に不満をぶつけたり、と実に傍若無人たる有様。よく言われることだが、一国の主なので自分が如何に偉いかだけになってしまっている、と言わざるを得ない。これでは世間での医師・歯科医師の評価は高くなるどころか、自ら低めているに過ぎない。偉そうな事を言うようだが、自分が不快に思うことを感情的に示す前に、もう一度他人がどう感じるか受け取るかそして本当に行うべき事が何であるかを冷静に考えたいと思うのだが、つい、かっとなって・・・(撃沈)

 さて最近、親友の菊池先生を見習って?小説を読むように心がけております。パソコン雑誌やアニメ雑誌だけでは、心も豊かにはならない・・・?今日読み終えたのは笹本稜平氏の「天空の回廊」。エベレストを舞台にしたサスペンスは、解説の夢枕獏氏が思うようにまさにハリウッド映画張りのスケールの大きさ・展開のおもしろさにほぼ納得です。少々オーバーアクション気味なのと、あまりにも非現実的な主人公の活躍にちょっと引ける部分もあるんですが、そんなことを差し引いても良かった。一言で表せば、ホワイトアウトのエベレストバージョンと評したら言い過ぎかな・・・<苦笑

初夏?

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 昨日は暑かったですね〜。毎週水曜日は個人的な用事で(と言うか、アルバイトで)都内へ出張しているのですが、いつも降りる高速の出口の脇に小さな公園があり、そこの桜が満開なのが目にとまり、とっても気分が良かった。
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 あまり花見など興味がなかったのですが、数年前ふと「あと何回桜の咲くのを観ることができるのか」と考え出してから毎年季節のいろいろな変化に、なるべく取り残されないよう気を使い始めました。でもこの時期は花粉症で大変なんですが、やはり今日も・・・ハクション!

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 実はこの1年余り、限りなく怪しい処からAdobeCreativeSuiteCSと言うソフトを入手し、使いこなすまでには到底行かないまでも、あれこれいじくり廻してみて、到底使いこなせない「バケモノ・ソフト」だとよ〜く判りました(い、今更〜冷汗)。そのうち使っているソフトはPhotoshopとGoLive、それにAcrobat。となれば、先日オウンゴールで自らリークしてしまったCreativeSuite 2はおろかPhotoshopのフルバージョンの必要性は全くなく、今後はPhotoshopElements3以降に軟着陸すればよい事が判りました。一方、GoLiveももうアップグレードまでして使うソフトでも無いようです。ところが今年に入って机の上や棚やカバンにあふれている捨てに捨てられない書類を何とかしようと、スキャナーを引っ張り出してきてせっせとPDF化しているのです。その際に大活躍なのが現在使用中のAcrobat6.0.3と言うわけで、現在その後継の7.0が販売されておりどこでアップグレードしようか迷ってます。何故ならAcrobat7.0 Professionalへのアップグレードに比べ、CreatibeSuite1.3(Acrobat7.0 Professionalが含まれている!)へのアップグレードパックの方が安いのです!
 さて話に出てきたAcrbatですが、実は最も嫌いなソフトの一つでした。何故なら起動に時間が掛かることと(Standardバージョンでも!)、Adobe独特の構造のため画面の各所が占領され不愉快なのです。それはPDFへ取り込んでいる最中も同様で、相変わらず今イチ好きになれない。しかしPDFの標準型としてのAcrobatであるため、そこは何かとガマンしながら使っているのですが、もう一点困っているのは、Windows用には豊富なOCRソフトがMacにはほとんど無いという事実です。まあ、レセコンが普段ほとんど動いていないので、フラットベッドでは取り込み(スキャン)の速度も遅いのでいっそのこと専用機を導入しようか、あるいは書類はADFが装備されている以前より欲しかった複合機に任せるか悩み中なのです。専用機は当たり前ですが、複合機も取りあえずの性能は侮れませんよ、今は!
 もう一つバカなこと(無駄遣い)を考えていて、委員会や出先でも空いている時間を見つけてPDF化してしまおうと、ポータブルのスキャナーを狙っているのですが、CISではCCDタイプより焦点深度が浅いと言うことでこれもまたちょっと悩んでおります。まあ、こっちについては選択肢はほとんど無いので、ソイツを何時買うか・・・爆。

 久々の更新だが、禁断の注射をしたのにもかかわらず(って、危ない話だな〜)この1週間あまり花粉症がひどすぎて元々無い思考能力がマイナスになって・・・ってそんな訳無いか?ハクショ〜ン!ぐすぐす・・・
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 まず、最近のデジカメの記録メディアの動きからの話題を。
 登場したときは正直懐疑的だったのだが、どうもPentax *istDsが廉価版のデジタル一眼レフの流れを変えたようだ。従来の記録用メディアは、CompactFlashとその互換型であるHardDiscのMicroDriveが筆頭で、FujiFilm+OylmpusのSmartMediaとSONYのMemoryStickだったのだが、スマメがこけて→xD PictureCardに移行し、さらにケータイやコンパクトサイズのデジカメでMaltiMediaCardベースのSDMemoryCardが圧倒的勢いで台頭してきている(進行形)。更にここに来て予告されていた1GBを超える容量のものがしかも比較的安価に供給されはじめ、勢力範囲も変わり始めている様なのだ。コンパクトサイズでも700万画素以上の機種が登場するに至り、1ショットあたりの画像データが肥大したため必然的に大容量のメディアが要望され、それが想像以上に安価に補完され始めた。
 Rawで連射が必要なデジタル一眼レフは当然というか選択肢がないのだが、より大容量で高速のCFやMDが必須になった。更にMDは現在6GBと20年前のデスクトップ用3.5インチHDの容量を超え、まもなく最大20GBにも届くとのことだ。
http://www.itmedia.co.jp/lifestyle/articles/0504/05/news042.html
 ところが、本体が¥10万を割る廉価版のデジタル一眼レフには高容量でも、コンパクトサイズのデジカメと流用が可能なSDメモリーカードが選択された。通常の使い方であれば、¥3万を切っている1GBのSDメモリーカードで十分だし、使い回しができるのはより便利であるし歓迎されるであろうことは明白なのだから。しかもMDは当然としてもCFでさえ凌駕する転送速度が、Canon EOS-1D(s)MKIIにもダブルスロットルで反映されていると言えば納得ができよう。だが、近い将来全てのデジタル一眼レフがSDメモリーカードに移行するのかと言えば、恐らくそれはないだろう。だが、少なくとも中級のNikon D100やCanon EOS-20Dの後継機種がSDで移行すると考えられる。ただ、D70の後継らしいD70sはマイナーチェンジらしいが、同時登場と思われているNikon D50はSDメモリーカードである!
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もう4月かい?

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 気が付いたら、もう4月。昨日のニュースで、東京の開花宣言は靖国神社の桜だそうな。そう言えばその近くの千鳥ヶ淵の桜が凄いんだよね。もう30年も前だが学部に上がりたての頃、兄貴分に連れられて当時住居兼診療所のあった三番町へ迂回するのに千鳥ヶ淵沿いの路を通った。輝く土曜正午の陽の光の中で見た満開の桜はまさに印象的でした。愛知先生と愛車は元気かな???
 と言うことでこちらの桜も咲き始めているみたいだが、日曜日は雨らしいから気を付けないと桜を見逃しちゃいそう。あっと今にゴールデンウィークが過ぎ、気が付いたら夏になってしまうのだろうか?いや〜ん!(意味不明)

 今日は4月1日、毎年恒例のエイプリルフール・ネタは山田久美夫氏のDigitalCameraJp.で楽しみましょう。でも心なしか、年々感動が薄れているのは何故?<笑 
 
 この数日中にBlogを正式にアップする予定だが、今日はやめておこう。だってエイプリルフールと思われちゃうじゃない?(そんな人誰もいないって) それにしても、各サイトの今日の更新が無いのもそのためかもよ?(まさかね)

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